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群馬の技一番
松木 敏行さん
所在地  太田市
受賞年度  平成20年
自動車用機構部品の設計製図に従事し、特に油圧パワーステアリングユニットを小型化し軽乗用車初の搭載に成功させるなど、個々の構成部品の生産性のみならず、全体としてのコスト・生産性を考慮した設計製図の技能に優れている。
製図工
松木 敏行
さん

ベターでもベストでも駄目、パーフェクトを目指す

「パーフェクトでなければ意味がない」
「パーフェクトでなければ意味がない」
「ベターでもベストでも駄目。パーフェクトでなければ意味がない」。自動車製造大手の富士重工業で、設計・製図を一筋に手掛けてきた製図工・松木敏行さん。自動車のシャシー設計を手掛け、中でも油圧パワーステアリングを小型化し国内で初めて軽乗用車への搭載を成功させた功績は高く評価されている。

膨大な知識と技能が求められる設計の仕事で、常にパーフェクトを目指してきた松木さん。その姿勢の根底にあるのは仕事に対する責任感と情熱だ。「設計士には他の仕事と異なりこれが自分の作品と言えるものはない。しかし、設計したものが組み立てられ、それが動いたらもう最高」。

与えられた仕事が天職

富士重工業の名車『スバル360』の左ハンドル車と設計を担当した松木さん
富士重工業の名車『スバル360』の左ハンドル車と設計を担当した松木さん
幼い頃から自動車が好きで整備士になりたかったという松木さん。「知り合いからもらった自動車専門雑誌を隅から隅まで何度も読み、車が止まっていれば下から覗き込んだ」と振り返る。当時住んでいた山形では、雪下ろしなどの力仕事をしたり、家計を助けるため小学生時代からアルバイトをしながら学校に通ったという。

その後、山形県の工業高校に進学した松木さんは、先生の勧めで群馬県の富士重工業に入社した。そこで命ぜられた仕事は、希望していた整備士ではなく設計士の仕事だった。「設計士は整備士よりはるかに難しい、技術者として最も難しい仕事。誰かが設計士の仕事で一番活躍できると考え配属してくれたのであれば、それが天職だと思った」。

配属先は伊勢崎製作所の大型バスの足回りの設計。しかし「学生時代に勉強嫌いでろくにしなかったせいで、何も手を付けることができなかった」という。そこから松木さんは高校の通信教育に加え工業系の通信講座を受講し、他にも参考となる書籍があれば手当たり次第に読み込んだ。

設計士としての責任を全うする

設計・開発について説明する松木さん
設計・開発について説明する松木さん
伊勢崎製作所に2年半務めた後、群馬製作所(太田)に転籍された松木さん。2年半単位で様々な部署で仕事をしながらも猛勉強を続けた。「慣れない仕事で手間取ったが、その時の経験が後に大きな糧となった。」と当時を振り返る。

その甲斐もあり、松木さんは35歳で難関の1級機械・プラント製図技能士を取得した。病気を抱え苦闘した時期もあったものの、仕事への情熱が途絶えることはなく数々の仕事を手掛けていった。そんな松木さんが油圧パワーステアリングの小型化を手掛けたきっかけは、50歳の時に耳にした些細な一言。「私の軽乗用車は、何でお父さんの小型車よりもハンドルが重いの?」と市場での声があったと雑談を聞いた。「これは自分の仕事じゃないか!」とすぐに自主開発に取り組み始めた。通常業務以外での開発だったが纏めきった上で、商品企画部門へ提案して採用を認めさせた。

しかし、軽乗用車の狭いエンジンルームに油圧パワーステアリングを搭載する開発は困難を極めた。狭くても、材料選びや加工法を吟味し、生産性・整備性等を確保し、認証取得まで考えた設計をした。今迄培った全てを活用して、前例の無い設計を重ね完成させたこれらの技術は、業界の高い評価を得るとともに普及拡大を促進するに至った。

感謝の気持ちで伝えたい

「感謝の気持ちでいっぱい」
「感謝の気持ちでいっぱい」
「仕事が大好き。苦しいこともあったけれど、自分の時間を割いてでももっと多くの仕事をしておきたかった」。2012年に退職した松木さんは現在、地元企業や工業高校の生徒等の後進を育成している。在職当時リーダー役を務めた製図勉強会で培ったノウハウをもとに、出来上がったものに添削を加えるだけでなく、手順を教えるため何時間にも及ぶ製図の作業につきっきりで指導している。

一方で「家族には申し訳ないことをした」と話す松木さん。しかし、長男は松木さんの趣味である音楽の道へ進み、次男は松木さんと同じ技能の道を歩んでいる。「仕事一筋で来られたのも家族のおかげ。感謝しかない」。これまで培った技術と感謝の思いを糧に、松木さんの設計士人生は続いていく。
桐生市の企業でのGPS勉強会
「ベターでもベストでも駄目。パーフェクトでなければ意味がない」

「ものづくりを覗いてみてほしい。ゼロから作ることの喜びを少しでも知ってほしい」

「一つ完成させたらすぐに新しいことを考える。その姿勢を大切にして欲しい」

「時間は作るもの。時間を作ってたくさん勉強した方がいい」

「失敗は財産。しかし、今は失敗が許されない世の中になっている。先輩が叱るのは失敗を経験させてあげられない代わりに大切なことを伝えたいから。だからめげずに続けてほしい」