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群馬の技一番
木暮 実さん
所在地  高崎市
受賞年度  平成20年
建築塗装に従事し、培った知識・技能を有しており、特に、デコラティブペイントの装飾塗装技法を全国でも先駆的に修得し、現在も当技法の代表的先駆者として活躍している。
塗装仕上工
木暮 実
さん

デコラティブペイントで生活をもっと豊かに

「たくさんの方に見てもらえて嬉しい」
「たくさんの方に見てもらえて嬉しい」
JR高崎線の線路沿いに一際目を引く建物がある。外国風の黄褐色の石壁に大きく描かれた名画、窓枠や建物の角に施された洋風飾り―この建物の持ち主で装飾塗装を手掛けたのは塗装仕上工・木暮実さん。日本でのデコラティブペイント(装飾塗装)の草分け的存在として、壁に木や石の模様を描く従来の技法だけでなく、発泡スチロールを使った壁材や窓枠飾り、石柱・銅像などの立体造形物を作る独自の技法も確立してきた。「デコラティブペイントを少し取り入れるだけで住宅はゴージャスになる。生活観をもっと豊かにできたらと思う」。

そんな木暮さんだが、過去には請け負った仕事で下地作りだけを任され、肝心のデコラティブペイントには東京の美大生が呼ばれ自分には任せてもらえなかった苦い経験もある。「自分たちの仕事を馬鹿にされたようで悔しかった。技術で比べて欲しかった」。その思いから塗装業界にデコラティブペイントを浸透させようと、技術指導にも献身的に取り組んでいる。

ワンチャンスをものにする

若き日の木暮さん
若き日の木暮さん
幼い頃から絵を描くことが好きだった木暮さん。「好きな美術を続けたい」と中学を卒業後職業訓練校の塗装科に入学し、実習先の塗装会社に就職した。親方の技を見て盗みながら、日中は就職先の建築塗装の仕事をし、夜は取引先に仕事を分けてもらい内職をした。「人はどこで仕事を見ているかわからない。ワンチャンスをものにするため、人の3倍は仕事をした」。

その甲斐もあり、木暮さんは23歳の若さで独立した。デコラティブペイントと出合ったのはその頃のこと。東京・明治村の建物に施された木目調の塗装仕上げに目を奪われた。数年かけて東京に住む外国人指導者を探し出し、洋書の参考書と辞書を携えて東京へ通い続けたという。

本物よりも本物らしく

本物以上を目指した石柱と銅像と写る木暮さん
本物以上を目指した石柱と銅像と写る木暮さん
仕事の傍らデコラティブペイントを学び続けた木暮さん。住宅ブームで仕事に追われ、家族との時間はほとんど作ることができなかった。体力的にも厳しいものを感じていた30代前半には、奥さんが子供を連れて家を出てしまったこともあった。それを機に「このままではいけない。もっと体力にも時間にも余裕のある、付加価値のある仕事をしなければ」と、デコラティブペイントに仕事として本格的に取り組み始めたという。

しかし、当時は塗装仕上工が手掛けることはほとんどなく、プリントなどの既製品や美術系学校を卒業したペインターがその役を担っていた。そのため、木暮さんは従来品との差別化を図ろうと「本物よりも本物らしく」することを目指し、木や石などの素材を生成段階から研究した。塗装方法や研磨・噴射する材料を変えるなど試行錯誤を重ね、奥行きや質感まで表現された“他にはない存在感”を生み出すことができるようになった。

街をデコラティブで彩る

「夢は一つの街をデコラティブで彩ること」
「夢は一つの街をデコラティブで彩ること」
現在、経営する木暮塗装では奥さんが総務を、次男が職人を勤めるほか10人の社員が働いている。幼いお孫さんも毎日のように顔を出すアットホームな雰囲気の中、職人の技と芸術的感性が融合した技術が日々磨かれている。「海外では職人がデコラティブペイントを手掛けることが一般的。日本でも下地作りの技術を備えている職人にその技術を身に付けて欲しい」。

そんな思いから業界の講習会の講師を務めるほか、埼玉県のものつくり大学でも講義を受け持っている木暮さん。美術系学校を卒業した学生にも塗装業に興味を持ってもらいたいという思いがあり「絵を描くことが好きでも芸術家ではなかなか食べていけない現実がある。でも、職人としてなら食べていける」と仕事の魅力をアピールする。「夢は1つの街をデコラティブで彩ること」―木暮さんの夢と技術は広がり続けている。
若者へのメッセージ
「ワンチャンスをものにする」

「芸術家は自己満足、職人はお客様の満足」

「芸術家では食べられなくても、職人としてなら食べていける」

「技術は一日で覚えようと思ってもできるものじゃない。最初は焦らず時間をかけることが大切」

「塗料を自分で作れなければ仕事はできない」