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群馬の技一番
加藤龍雄さん
所在地  渋川市
受賞年度  平成23年
中心をずらしてろくろを挽く技法により、通常とは異なる形状を生み出し、独創的なこけしを製作する技能を有している。また、着物の絵柄や顔を焼きごてで焼き入れる技術に熟練し、温かみのある豊かな表情を描く技法に優れている。
創作こけし製作工
加藤 龍雄
さん

“人の形”に一つの世界を

『ばあちゃんと黒猫の玉』を抱いて
『ばあちゃんと黒猫の玉』を抱いて
「これは『ばあちゃんと黒猫の玉』。昔の洋裁学校を出た厳しい人だったけど、今考えると本当に色々と教えてくれた。よく縁側に座って黒猫の玉を抱いていた」。創作こけし製作工・加藤龍雄さんが生み出す作品は、その一つ一つに独特の世界観がある。

幼いころ暗い夜道を帰ったときの心の風景を映し出した『家路』、女性へと変化を遂げつつある少女が髪を櫛で梳いている姿を描いた『梳(くしけず)る乙女』、穏やかな面持ちに世界平和への願いを託した『無辺の祈り』―情感豊かで観る者の心を映し出すような詩的な作風は、幼いころから人や自然・芸術と触れ合い育んできた豊かな感性と、半世紀にわたり培ってきた確かな技術の賜物だ。

人間が成長しなければいいものは出来ない

これまでの道のりを振り返る加藤さん
これまでの道のりを振り返る加藤さん
「人形はどれが良くてどれが悪いというのはない。すべて人の形。その境地に至るまでには長い道のりがあった」―加藤さんが創作こけしの世界に入ったのは半世紀以上前のこと。幼いころから絵を描くことが好きで、進学した前橋工業高校では染色課程を選択したという。しかし、経済的な事情により高校を中退し、20歳の時に義理の兄で創作こけし製作工の関口三作氏(昭和53年度現代の名工)に弟子入りした。「人間が成長しなければいいものは出来ないと師匠から言われ、とにかく夢中で作り続けた」と当時を振り返る。

師匠の教えを忠実に守り続けた日々を経て、自分のこだわりを持つことができるようになった加藤さん。26歳の時に全日本こけしコンクール展に出品した作品『夕月』が通商産業大臣賞を受けたことを機に、たちまち頭角をあらわした。「その頃から現在の作品につながる独特の曲線を出したいと思うようになっていた」。

人形は文化の一端を担っている

中心をずらしてろくろを挽いていく
中心をずらしてろくろを挽いていく
加藤さんの作品に多く見られる独特の曲線は、通常のこけし製作と異なり木をろくろにセットする際に中心をずらすことによって生み出される。この曲線により、空を仰ぐ姿や両腕を上げる姿など多彩な表現が可能になるが、その技術の習得には長い年月をかけた弛みない努力が求められる。加藤さんは試行錯誤を重ねていた30代後半、母と子を題材にした自分の作品を見て「田舎の娘を思い出す」と涙を流す女性と出会ったことで「こういうものを作りたい」と自分の歩む道を確かめたという。

弟子入りから20年後、40歳で独立した加藤さん。独立から数年間は師匠・関口氏の作品に似ていると言われたこともあったが、自分の求めるものを形にし続けた。その後次第に景気が悪くなり、先輩の中にも「こけしだけでは食べていけない」と辞める人が相次いだ。しかし「人形は文化の一端を担っていると師匠から教わった。自分は最後の一人になっても続けたい」と加藤さんの心は揺るがなかった。

分かち合う心を人形にこめて

「釣った魚もみんなで食べた方が美味しい」
「釣った魚もみんなで食べた方が美味しい」
現在も修業時代と変わらず、一点ものにこだわり続けている加藤さん。年間でスケッチブック40冊以上にもなる図案は、幼いころの思い出や母から聞かされた日本の童話・奇談・怪談をモチーフとしたものが多い。そうして生まれた作品はこれまで数多くの賞を受けてきたが、一つ悔いの残ることがあるという。「最愛の両親に生きているうちに恩返しができなかった。墓前で現代の名工に選ばれたことを報告した」。

そんな加藤さんが大切にしていることは“分かち合う心”だ。小学生のときに先生から教わった「人のために、社会のために、世界のために」という言葉を胸に、これまで培ってきた技を家族だけでなく、弟子や体験教室の生徒にも惜しみなく教えている。また、幼いころから好きだった鮎釣りで全国を旅するときは、その地で出会った人にこけしを贈ったり、釣った魚を近所の人に振る舞ったりすることもあるという。「人形を通じて出会いが生まれ、その出会いから次の人形が生まれる」。
若者へのメッセージ
「おごらず高ぶらずこつこつと。私はそれをモットーに続けている。」

「ものを作るのに必要なのは才能じゃない。研究心・努力・人を大切にする。そういう心だと思う」

「挽く・削る・描く。この三拍子が揃っていないと作品は作れない」

「感性が豊かになればいい人と出会う」

「幼いころの思い出はすごく大切。幼い子にはたくさん絵本や童話を読み聞かせて、動物など実物があれば見せてあげて、たくさん感動させてあげて欲しい」